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「稼ぐ力」さえあれば大丈夫だと思っていた。不登校・障害・そして挫折の先に見つけた私の新しい道。

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「稼ぐ力」さえあれば大丈夫だと思っていた。

私は現在、在宅デザイナーとして活動していますが、その歩みは2003年、小さな制作会社から始まりました。
2012年までの約10年間、複数の制作会社で印刷物からウェブデザインまで、文字通り泥臭く現場のスキルを叩き込んできました。その後、2012年からは拠点を自宅に移し、在宅勤務のデザイナーとして活動を続けています。

そんな私が、さらなる飛躍を求めて「副業」という名の挑戦を始めたのは2019年のこと。
現役の在宅デザイナーとして、どこかマンネリを感じ始めていた日常を打破したかったのです。
自分のデザインは、組織の外でどこまで通用するのか。
その「腕試し」のためにクラウドワークスのコンペへと飛び込みました。

そこからは、まさにコンペに明け暮れる日々。
1,000円のバナーから始まり、がむしゃらに手を動かし続けた結果、気がつけば副業だけで年100万円という実績を積み上げていました。

クリエイターとしての揺るぎない自信。そして、会社に頼らずとも稼げるという経済的な余裕。
私の人生は、このまま右肩上がりに進んでいく――。

疑いようもなくそう確信していた私の日常は、ある日突然、音を立てて止まりました。

順風満帆だったキャリアの「強制終了」と、再起への意地。

小1の息子の不登校、そして軽度知的障害。

日常は一変しました。1分1秒を争うコンペに参加する心の余裕も、本業以外のデスクに向かう時間も、当時の私には残されていませんでした。積み上げてきたキャリアを一度手放し、家で息子と二人きりで向き合う日々。社会から切り離されたような孤独の中で、私は「自分のキャリア」を消さないための意地だけでイラストACに登録しました。

必死に這い上がり、1ヶ月で3万円を稼ぎ出すところまで戻ってきました。
けれど、その次に挑んだ「Adobe StockのAIストックフォト投稿」という壁が、私に突きつけたのは残酷な現実でした。
1枚の修正に数時間を費やしても、結果は「不採用」の一言。
自分の努力が、他人の物差し(審査)一つでゼロになる。
その過酷なループの中で、私は初めて「自分の大切な時間を、他人の物差しに委ねることの限界」を知ったのです。

他人の物差しに委ねる限界。私が「ブログ」という道を選んだ理由。

誰かの審査を待つのではなく、自分の言葉で、自分の居場所を積み上げていくこと。
息子の成長を一番近くで見守りながら、それでも「私」という個人を諦めずに発信していくこと。これが、挫折を繰り返した私が見つけた、新しい挑戦の始まりです。

息子との時間や、副業の作業で毎日バタバタなので、ブログの開設は『とにかく手間がかからないこと』が最優先でした。色々調べてConoHa WINGに決めたのですが、噂通りあっという間に準備が完了。
おかげで、ようやく最初の一歩を踏み出せました。
ConoHa WING

月5万円の目標までの道のりは遠い…ですが、もし同じように育児と仕事の間で悩んでいる方がいたら、ぜひコメントやフォローで繋がれたら嬉しいです

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